M&Aは、売手側企業が、自社や自社の事業を買手側企業に譲渡する売買契約のひとつです。デパートやコンビニといった店舗で、直接当事者間で売り買いをするようなものとは異なります。何しろ売買対象が企業や事業ですから、当事者間で簡単に価格を設定できるような客観的基準といったものがありません。当事者双方の思惑から、できるだけ高く売ろう、あるいはできるだけ安く買おう、と交渉してもうまくいくことはありません。そこで、外部の第三者が間に入って売買価格や売買条件などを調整し、最終的に合意・契約といった形をとることになります。
 この売手側企業・買手側企業双方の仲介役となるのが、M&Aアドバイザー等の仲介会社です。主なものとしては、M&Aアドバイザーや M&A仲介会社といったM&A専門事業者、公認会計士(監査法人)、税理士(税理士法人)といった専門士業、銀行などの金融機関、証券会社、そして経営コンサルファームなどです。
 売手側企業・買手側企業、それぞれがこれらの事業者とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)契約を締結します。するとM&Aアドバイザーなどの事業者は、相手探しやマッチングを行いながらM&A契約を締結するといった一連の手続きを支援します。
 こうしたM&A事業者を介して、売手側企業と買手側企業がはじめて接するのが、売手側企業から提供された資料を基にM&A事業者が作成した売手側企業に関する企業概要である「ノンネームシート」という開示情報です。
 今回は、このM&A事業者が作成する売手側企業についての開示情報である「ノンネームシート」について、同じく売手側企業のより詳細な開示情報である「IM(インフォメーション・メモランダム)」も含めて解説していきます。
 

「ノンネームシート」とはどのようなものか

「ノンネームシート」とは、売買対象である企業や事業について会社名を非公開とした、当該企業や事業に関する最低限の概要を記した書面です。通常は A4サイズの用紙1枚程度に、企業や事業についての業種、従業員、売上、利益などを記載するもので「1枚もの」などとも呼ばれています。主な記載内容は以下のようなものです。

  • 秘密厳守と記載する。次に案件のご案内などのタイトルを表示する。
  • 案件のご案内の内容は「事業概要」、「希望売却条件」、「財務状況」といった項目からなる。
  • 「事業概要」は、製造・販売といった一般的な事業内容、関東地方といった大まかな所在地、売上高○○億円以上、従業員約○○人といったおおよその数値で記載する。自社の強みなどについても、全国に販売網を持っている、某大手百貨店との取引があるといった、一般的な内容を記載する。
  • 「希望売却条件」は、採用予定のスキーム(手法)は株式譲渡、合理的な範囲での希望売却価格。
  • 「︎売却譲渡の理由」は後継者不在、さらなる発展のためといった簡単な内容にする。
  • 「財務状況」としては、直近3〜5年分の事業年度別の売上高や経常利益などを記載する。
  • 最後、欄外に注意事項として、秘密保持契約の範囲内での利用制限について記載する。また、「ノンネームシート」の記載事項についての正確性について担保するものではないなどの但し書を記載する。

 この「ノンネームシート」の内容に買手側企業が関心を示すと、M&Aアドバイザー等の仲介事業者と連絡し、FA契約とともに秘密保持契約を締結し、M&Aアドバイザーなどを仲介役として、本格的な売手側・買手側双方企業トップによる話し合い、交渉のプロセスへと進みます。
 その際に開示される情報が、「IM」あるいは「IP(インフォメーション・パッケージ)」といった、より詳細な内容の「案件概要書」です。企業名を記載した20〜30ページほどのもので、機密情報なども多く含まれているため最新の注意が必要です。

秘密保持契約の重要性

「ノンネームシート」や「IM・IP」には、営業秘密や個人情報といった極秘情報やデリケートな情報が含まれています。これらの情報がリークしてしまうと、営業上の損失や会社的信用の失墜といった重大なダメージを受けてしまいます。
 匿名の「ノンネームシート」であっても、その取り扱いには最新の注意を促すため「秘密厳守」や欄外での注意事項として明確に記載しておく必要があります。
「IM・IP」については企業名も公表され、より詳細な内容が開示されますから、開示に先立ってFA契約とともに「秘密保持契約」を締結することは必須の条件となります。この秘密保持契約は、NDA(Non- Disclosure Agreement)、CA (confidentiality agreement)などと呼ばれるもので、その主な内容は、機密情報の定義、当事者双方で開示できるものの範囲、使用目的の限定、秘密保持義務期間となっています。

「ノンネームシート」は、売手側のM&Aアドバイザーなどが作成するものです。売手側企業名は匿名ですが、当事者双方、M&Aアドバイザーなどの関係者全員が、その重要性を認識し、細心の注意をもって作成し、取り扱うことが大切です。